※09年夏にてペーパーで無料配布したものです。




「日本の夏は、こんな時間でも外を出歩けるんだなぁ」
 通された沢田家の居間、卓袱台に座したスクアーロが夏の陽射しに煌めく庭を見つめながらぼんやりと呟いた。
「どういう事?」
 卓袱台に座す各人の前へと麦茶の入ったコップを配りながら、綱吉が怪訝そうに眉根を寄せて聞き返す。
 自らの前に置かれた汗の掻いたグラスをザンザスが取り上げ、冷たい麦茶を煽った。上下する彼の喉仏をちらりと横目で見遣ってから、スクアーロが肩を竦める。
「イタリアじゃ、陽射しがキツくてこんな昼日中に外なんざ歩けねぇよ。シエスタの時間だぁ、」
「え、そうなの?」
 麦茶を配り終えた綱吉は、盆を下げながらそのくりくりとした双眸を瞬かせる。それからスクアーロの隣席にいるディーノへと、本当ですかと問いたそうに視線を向けた。
「ああ、日本ほど湿気はないんだけど、とにかく陽射しがきっついんだ。外歩けばすぐ熱射病になっちゃうくらいだから、該当の時間帯はシエスタにしてる。まあ、長めの昼休みってとこかな」
「へえ……」
 まだイタリアへと数回しか渡った事のない綱吉は、ディーノから聞かされるイタリアの夏について、感心したような声を零した。
 会話はそこでふと途切れて、室内には外を偶に行き交う車の音と、大音声の蝉の合唱のみになる。その沈黙は居心地が悪くなるようなものではなく、綱吉はふ、と息を吐いた。
 ──薄いシャツとジーパンという、日本の若者めいた夏ルックのザンザスとスクアーロとディーノ。現実的ではないなと思って、少しだけ口許を緩ませた。避暑として短期間だけ訪日していた彼らを沢田家に招くよう言ったのはいつもの如くリボーンだったのだが、そうしてみて良かったと綱吉は思った。指輪争奪戦から数年経って、こうしてラフな格好をした彼らを卓袱台を挟んだ向かいに見て、漸く何かしらの蟠りがほどけた気がする。
「スイカ切れたわよー、取りにいらっしゃい!」
 沈黙を破ったのは、台所から軽やかに響いてくる奈々の声だった。綱吉は盆を持って立ち上がる。
「はーい!」
「ツナ、オレも手伝うぜ。重たいだろ」
 台所へと向かう綱吉の背中にディーノが声を掛け、持て余して胡坐を掻いていた長い足をすらりと伸ばして立ち上がる。
 ──居間から出て行った彼ら二人の背中を無言で見送ってから、スクアーロはちらりと隣席の主人を見遣った。
「──ボス、」
 控えめな声で、スクアーロがザンザスを呼ぶ。ぼんやりと庭先を見ていた彼は、スクアーロの声に応えて顔を向けた。と同時、思い切り顔を顰める。
「暑ィ」
「へ、」
 何がだ、とスクアーロも眉根を寄せた。今日はからりと乾いているし、室内だからそう暑く感じる事もない筈だ。
 クエスチョンマークを浮かべながらザンザスの言葉を待っているスクアーロの頬に、古傷だらけの指先が触れる。ぴくりと揺れたスクアーロの肩などお構いなしに、ザンザスはそのまま手の甲で銀髪を緩く持ち上げた。耳元でさやさやと髪糸が擦れて音が鳴り、あ、とスクアーロは間抜けな声を零した。
「見ててクソ暑いんだよ、ドカス。切れ」
「断る」
 唇をへの字に曲げて、スクアーロは主人の命令を突っ撥ねた。今までに何度も繰り返してきた問答だ。
 明らかに機嫌を損ねたような顔をして、ザンザスは唇を曲げる。スクアーロから手を離して、ふい、とそっぽを向いた。
「──鬱陶しくてする気にならねえ」
「う゛お゛ぉい、何の話だぁ」
 前後の流れが掴めない一言に、スクアーロが問う。が、その答えを聞き出す前に綱吉とディーノが切られたスイカの盛られた器を持って戻って来た。
「見ろよ二人とも、これスイカだって!」
 両手に一つずつ、例えるならギャルソンめいた持ち方でスイカの器を運んで来たディーノが、興奮した様子でザンザスとスクアーロにその器を差し出す。
「種が少ねぇ……!」
 みずみずしいスイカを見つめて、スクアーロがぱちぱちと数度瞬いた。それからごくりと喉を鳴らして、そう呟く。
「その上に丸いんだぜ日本のスイカ! すげーよな」
「向こうのスイカはどんな形なんですか?」
 綱吉が残りの器を並べながら、不思議そうに首を傾ぐ。
「楕円系で、んで種が多いんだ。日本みたく、品種改良してないからさ……と、」
 こんな形、と空中で手を動かしてイタリアのスイカを綱吉へ教えていたディーノは、ふと思い出したような声を零して言葉を切る。ごそごそとポケットを探って、それから何か小さなものを取り出した。
「スクアーロ、これ」
「あ?」
 それをディーノからぽいと投げられて、受け取りながらスクアーロは怪訝そうに眉根を寄せた。掌にキャッチしたものは黒い髪ゴムで、恐らく奈々から借りてきたのだろう。
「お前髪が長いから、それで括ってから食べたら良いんじゃねーかなって。食べ辛いだろ」
 確かに、とスクアーロは頷く。長い髪はさらさらと零れて食べ辛いし、かと言って手で押さえても食べ辛い。遠慮なく髪ゴムを使わせて貰う事にして、スクアーロは長い銀色を後ろで一つに纏めた。
「わ、すっげー甘い!」
 既にスクアーロ以外は食べ始めていて、ディーノは喜色満面の笑みで甘い甘いと子供のようにはしゃぐ。兄弟子の喜ぶ姿を見て綱吉も楽しげにしていたし、ザンザスも黙々とではあるがスイカを食べているようだった。不味いものなら一口で止めるザンザスが食べ続けているという事は、このスイカは間違いなく美味しいらしい。
 ──そのザンザスが、スイカを半分ほど食べた所で手を止めて、じっとこちらを見つめている事には気付かずに、スクアーロは骨張った指先を熟れたスイカへと伸ばす。
「おい、」
 スイカを両手で持ち、口を開きかけた所でザンザスに呼ばれる。なんだよ、とそのままの格好で彼の方を向いた所で、

 ぱくりと、食べるような仕草で唇を塞がれた。

「ぶっ」
 モロに見てしまったらしい綱吉がスイカを喉に詰まらせ、げほげほと情けなく咳き込んだ。
「他所でやれよ!」
 綱吉の背中を慌てて摩ってやりながら、ディーノが苦虫を噛み潰したような顔で怒鳴る。

「んん、ぅ」
 一通りちゅう、と唇を吸って、ザンザスのそれが離れていく。吐息を零すスクアーロの耳元に、彼だけが聞こえる声量でザンザスの言葉が寄り添った。
「──鬱陶しいのがなくなった、」
 聞こえた声に、ああ、とスクアーロは先ほどのザンザスの台詞を理解する。
 途端になんだか気恥ずかしくなって、スクアーロは視線を明後日に向けながらぺろりと癖のように口端を舐めた。

 スイカの味がする。それはとても甘くて、ほんの少しだけ青かった。


(11/05/09)