ザザ、ザザザ、ザー。
『要なんだ、しっかり頼むね。オレは本家で報告を待つよ』
ザザザザザ、ザー、ザザ。
『……当然持って帰ってくるのは良い報告なんだろうけど、』
ザザー、ザ、プツン。
濃密な闇が辺りを押し包んでいる。月光が冴え冴えとそこを照らし出していた。
数えるのも飽くほど多い靴音は、軍靴にも似た勇ましさだった。
鼻先を濃厚な血の匂いが掠めてゆく。唇を砂埃が撫ぜて煩わしい。息をすれば咳き込んでしまいそうなほど、そこは逼迫した空気が重苦しく淀んでいた。
「──聞こえたか、カスザメ」
「聞きたくなくとも耳に無線機つけてりゃあなぁ、バッチリだぜぇ」
囁きは小声で交わされる。
敵陣真っ只中、追っ手を撒いて回り込んだ壁の向こうでスクアーロとザンザスは息を潜めていた。
何が君達なら成功率九十パーセント以上だし、だクソッタレ。事前報告以上に警備が強固になってるじゃねぇか。スクアーロは舌打ちして、左手の剣を覆う血脂を払う。隣でザンザスが、手に憤怒の炎を灯して銃弾に力を込めていた。
「あの野郎、自分はぬくぬくと高見の見物ってか。尻の青かったガキがよくもあそこまでふてぶてしくなったモンだ」
「あくまでもブラッド・オブ・ボンゴレ、という所か。ジジィもそうだった──おい、そろそろ行くぞ」
スクアーロのぼやく声にザンザスが吐息で笑って、それからいらえる。
「スクアーロ、てめえは東で暴れて来い。一人残らず綺麗に片せ。オレは北で頭の首を吹っ飛ばしてくる」
了解と答える代わりに、音なく剣を掲げて壁から少しだけ顔を覗かせる。周辺の警備は随分手薄になっていて、これなら抜けられそうだった。その代わり、要所の警備が幾重にもなっていそうだったが。
ふ、と口端を吊り上げてスクアーロが笑う。硝煙交じりの煙に銀髪が煽られて、塵の中できらきらと光った。
「ヘマして自分が吹っ飛ばされんなよぉ」
「誰に向かってモノ言ってんだ、ドカス」
やや機嫌を斜めにしたような声音でザンザスが呟いた。
気配を押し殺したままスクアーロが立ち上がって、視線だけでザンザスを振り仰ぐ。銀色の双眸が細められた。
「ボス、」
──真夜中を越え、日付はいつのまにか変わっていた。
「プレゼントをねだっても?」
春の宵闇は緻密で、それから仄かに肌寒い。
三月の夜はまだ冬と同類で──だからそれは、この十三日になったばかりの日にも言える事だった。
寒さと厭うように、任務の最中の血腥さをほんの一時忘れたかのように、ザンザスはスクアーロへと身体を寄せる。
「──言ってみろ、」
どちらからともなく、顔を寄せ合う。随分伸びたスクアーロの銀の髪の向こうで、同じ色の双眸が笑うように蕩けた。
「キスを、」
唇を浅く食みあって、その余韻も残さぬままにスクアーロは身体を離して壁の向こうへと飛び出した。
途端に響く銃声と怒号、肉が斬られる不快な音に混じって響くスクアーロの哄笑を聞きながら、ザンザスもまた銃を構える。但し出て行くのは、スクアーロが充分に敵を引き付けて東へ逃げた後だ。
あの馬鹿が言い付けを守ってきちんと東を片付けられたのなら、ベッドで可愛がってやった後に『誕生日おめでとう』と言ってやるのも────
「悪くない、」
可笑しげに笑って、ザンザスは壁から背を離した。
(09/03/13)