そのコンビニ店員の女性は、いらっしゃいませ、と朗らかにレジ前に迎え入れた男を見上げて、その醸し出される威圧感にごくりと息を飲んだ。
 まず、とても大きかった。180cmは確実に越えているであろう背丈だ。
 瞳は綺麗な赤色で、そして物凄く目つきが悪かった。一目で解る“不機嫌そうな表情”である。彫りの深い外国人のような顔立ちを見て、女性店員は言葉が通じるだろうかと不安になる。
『おい』
 英語ではない外国語は確かに目の前の男が発したものだったが、その声が向けられたのは彼の隣に立つ銀色の髪の男だった。
『何を買うんだ』
『切手だ、切手。つかよぉボス、オレがやるぜぇ? あんたは外で待ってりゃ……』
 早口で流暢な外国語は女性店員にさっぱり聞き取れなかったが、声を掛けられた銀髪の男は狼狽したような素振りで赤い眼の男に返事をしていた。
 どうしよう、英語でさえ不安だと言うのに。女性店員の眉尻が情けなく下がる。せめて店長がいてくれたら心強かったのだが、彼は生憎と現在用事で店を出てしまっていた。平日の昼下がり、並ぶほど客は来ないだろうと見込んでの事で、その見込み通り店内にはレジ前の外国人二人しかいなかったのだが──如何せん、それが厄介だった。
『うるせえドカス、買い物ぐらい一人で充分だっつうのにくっ付いてきやがって』
『そりゃてめぇが沢田綱吉に「一人で買って来れる?」とか心配されたぐれぇでムキになるからだろぉ! それにあいつのママンのおつかいなんて、ボスにやらす訳にゃ』
『でけえ声で喚くな、うるせえって言ったろうが。……ったく、』
 二人は何事か喚き合った後、赤い眼の男が面倒臭そうに舌打ちをしてレジへと向き直った。女性店員が肩を竦める。いらっしゃいませ、と小声で言うと、彼はついとその眼を細めた。
「あー……キップはあるのか、」
 滑らかな日本語だった。せめて英語で言って下さいお願いしますと心中で唱えていた女性店員は、その声に驚いてまじまじと赤い眼の男を見つめる。連れの男と繰り広げていた早口の異国語からは想像出来ないほど、引っ掛かりのない日本語だ。
 見つめれば、男のその頬に大きな火傷痕らしきものが窺えて怖かったのだけれども、それを上回って赤い眼の彼は美丈夫だった。女性店員は瞬く。
「へっ、あ、えーと……切符、は、置いていないのですが……」
 だが、彼に言われた切符は扱っていない。そもそも切符と呼ばれるものはコンビニでは扱っていないのではなかろうかと、日本語が通じるならそう言ってみようかと女性店員は悩む。
 が、それを口に出すより早く、赤い眼の男は再び連れの銀髪の方を振り返った。むくれたような声は異国語だ。
『スクアーロ、切手がない』
『キッテだ、キッテ。切手の日本語はキップじゃねぇよ。あと50円分を三枚な』
 銀髪の男は心配で堪らないと言いたげな顔で言う。赤い眼の男は何が気に入らないのか不機嫌そうに眉根を寄せたが、やがてもう一度レジの女性店員に向き直った。
「キッテだ。50円分を、三枚」
 それなら解る。少々お待ち下さいと頷いて、女性店員はレジ脇の棚から切手シートを引っ張り出した。五十円分のそれを三枚千切って小さな袋に入れ、テープで留めてレジの上に置く。
「百五十円です」
「────……、」
 値段を告げると、赤い眼の男は眉根を寄せた。店員から視線を逸らし、銀髪の男へと視線を滑らせる。
『日本円を持ってきてねぇ』
『……やっぱオレが買いに来た方が早かったんじゃねぇのかぁ、これ』
 銀髪の男がぼやきながら財布を取り出し、千円札を差し出してくる。受け取って会計しながらも、女性店員は目の前の異国人二人から目が離せなかった。
 赤い眼の男もそうだが、銀髪の男も人目を引く容姿だった。自分の中で外国人というフィルターが掛かっているのかも知れなかったが、それを差し引いても男前だと店員は吐息を零す。こんな野暮ったいコンビニの制服なんか着ていなかったら、恋の一つでも始まっていたのだろうか。
「八百五十円のお返しです、ありがとうございました」

 並んで平々凡々とした日本の町並みの中を歩いていく、非凡な異国人の後姿を見つめながら、女性店員は再びそっと吐息を零した。
 コンビニの制服を着ていなかったとしても、ああいう魅力的な男は大体にして同じく魅力的な女のものなのだ。
 眼福だったしまあ良いか、と女性店員は伸びをした。入れ替わりでシフトに入る後輩の女の子に、手を握られただとか可愛いと褒められただとか、ちょっと脚色して面白おかしく話すのも面白そうだとか考えながら、彼女は物置になっているバックヤードへと向かう。そろそろ清掃の時間だった。

 ──平凡な並盛の住宅街で、指を絡ませながら歩いている黒髪と銀髪の外国人カップルを見た、という話を興奮気味の後輩の女の子から聞いて女性店員が首を傾げるのは、それから数時間後の事である。




(09/01/26)