「スクアーロ!」
「跳ね馬?」
 聞こえて来た声に驚いてスクアーロが振り返ると、廊下の向こうににこやかに笑った派手な男が立っていた。
 ゴシックで纏められたヴァリアーの居城という背景だから、その金髪は一際浮いて見える。彼が纏っているのがダークスーツというのも、浮き立たせる要因に絡んでいるのかもしれない。
「う゛ぉい、何でてめぇがここにいんだよ。ボンゴレに用事だったら場所が違ぇぞ」
 またお得意のへなちょこ発動か、とスクアーロが呆れながら言った。ディーノが苦笑して首を横に振る。
「まさか、幾らオレでもボンゴレとヴァリアーを間違えたりはしねえぜ? 今日は渡すものがあって来たんだ」
 渡すもの、という言葉にスクアーロが首を捻る。
 キャバッローネを介しての任務は幾度かした覚えがあるが、今日はそんな事前通達はなかった筈だ。緊急の依頼だろうかと、ディーノが手に持っていた紙袋から取り出すものに注視する。
 だが、はいこれ、と笑顔と共に渡されたのは紙袋そのものだ。受け取るとずっしり重かった。
「……これをボンゴレ経由でどっかに届けるのがミッション内容かぁ?」
「だから何でも仕事に結び付けて考えるの止めろって。お土産だよ」
 箱を受け取りまじまじと眺めて、ぽつりと落とされたスクアーロの呟きにディーノがひらひらと手を振った。違うとジェスチャーしながら笑って言う。
 スクアーロが中を覗き込めば、上品な包装の平べったい箱や丸い缶が幾つか入っていた。包装に描かれている装飾文字を見遣れば、チョコレートと表記されているのが読み取れる。
「チョコレートぉ?」
 怪訝そうに眉根を寄せて、スクアーロが語尾を上げながら呟いた。
 頷いて、ディーノが包装を指差しながら言う。
「仕事でベルギー行ってたんだ。そこで美味いチョコレート見つけてさ、それがこれ。つい店の中にあった商品ドカ買いしちまって、食いきれねえからお裾分け」
「へぇ……。ま、貰えるってんなら有難く貰っとくぜぇ。ボスにも渡しとく。じゃあなぁ」
 紙袋を片手に提げて踵を返しながらの何気ないスクアーロの台詞に、ディーノが慌ててその腕を引っ張って引き止めた。
 何だよ、とスクアーロが怪訝そうに振り返って彼を見つめる。
「ザンザスにはオレからだって言わなくて良いから! スクアーロが適当に誤魔化しといてくんねえ?」
「はぁ? 何で、」
 腕を掴むディーノの手を振り払いながら、怪訝に眉根を寄せたままの表情でスクアーロは囁いた。
「オレからの土産を、スクアーロ経由でザンザスに渡されるのは避けたいんだ。誤解されちゃ困る」
「……何で」
 解らないかなー、とでも言いたげな顔付きでディーノが言うものの、スクアーロはやはり解らない。首を傾げる様子に、ディーノは少しだけ笑った。
「オレがスクアーロにコナ掛けてる、とか誤解されるのはな。そんなつもりは微塵もねえし、第一そう誤解したザンザスは怖ぇよ。あの目ですっげぇ睨まれてみろ、肝が冷えるぜ?」
 そこまで言って、漸くスクアーロは合点したらしい。複雑そうに眉根を寄せて、手に提げる紙袋に視線を落とした。
「……ザンザス以外でオレを独占しようと思う奴がいる事の方が在り得ねぇだろ。そんな物好きはボスだけだぁ」
 ぼやきめいた呟きを受けて、ディーノは肩を竦める。
 ザンザスにとってスクアーロに何らかの好意を持って近寄るものは、全て目障りなのだ。確か以前にボンゴレの会合で二人に会った時には、スクアーロと親しげに話していただけで思い切り不愉快そうに睨まれた。
「ま、それだけ気を付けてくれりゃ良いんだ。オレはそろそろキャバッローネに戻んねえと……じゃな、スクアーロ」
 左腕に巻いた腕時計に視線を落とし、読み取った時間に少しだ片眉を跳ね上げてディーノが身を翻す。肩越しに手を振ると、スクアーロもおう、といらえて小さく手を振った。



 ──そんな風景を、その廊下から中庭を挟んだ向かい、上階の廊下から見下ろす影がある。
「……ボ、ボス」
 付き従っていたレヴィ・ア・タンが、不穏な空気を感じながらも勇気を振り絞って声を掛けた。
 ディーノがスクアーロに何かを渡して笑いながら会話をしている様子を、ザンザスは終始しっかり目撃していたのだ。黙ったままで窓際から微動だにしないが、物凄く不機嫌だというのは醸し出す雰囲気で充分に知れた。
 ディーノが帰ってゆくのを見届けてから窓際から離れたザンザスは、やはり雰囲気通り物凄く不機嫌そうに顔を強張らせたままだった。コートの裾を翻して歩き始める彼に、レヴィが距離を取ってそれに倣う。
「……レヴィ」
「は、はい! 何でしょうか、ボス!」
 名前を呼ばれて、慌ててレヴィが居住まいを正す。
「キャバッローネにヴァリアーをけしかけろ」
「……流石に出来ません、ボス」


(08/12/26)