柔らかな紙を何枚も重ねて刀身に添える。力を入れて拭うようにその紙を滑らせれば、べったりとこびり付いていた血や脂が綺麗に拭き取られていった。
 たっぷり汚れを含んだ紙を脇に置き、新しい紙を重ねて再び同じ要領にて拭う。曇っていた刃の腹が、スクアーロの銀の眼差しをはっきりと写し込んだ。
「面倒臭えな、」
 スクアーロが剣の手入れを行うテーブルの傍、キングサイズのベッドへと気だるげに身体を横たえながらザンザスが囁く。
「水で流しゃ良いじゃねえか」
「それじゃあ錆びちまうし、血は流れても血曇りは取れねぇ。手と紙を使って拭ってやるのが一番良いんだぁ」
 汚れが残っていないか、目線の高さまで持ち上げてチェックしながらスクアーロは上の空で言った。今はザンザスに構っているより、任務の所為で汚れてしまった己の剣のメンテナンスが大事だ。
 だがそれは、ザンザスの気に食わない行為だったらしい。ふん、と不機嫌そうに鼻を鳴らし、彼がのっそりと起き上がってベッドから降りる。
「部下にやらせりゃ済む話だ」
「剣士が愛用の剣くらい手前で調整しなくてどうするよ。オレは愛剣を他人に任すなんざ、御免だぜぇ?」
 スクアーロはザンザスに視線もくれず、今度はその刀身に打粉を払う。
 白い小さなボンボンのようなものを刀へ軽く叩いてゆくという、ザンザスにとっては心底どうでも良さそうな作業に熱中するスクアーロを見て怪訝そうに顔を歪めた。

 試しにザンザスは、スクアーロの背後に立ってみる。
 当然の如く反応がなかったので、今度は手を伸ばしてその後ろ髪を右横に払った。肩から身体の前へと落としてやれば、スクアーロが嘆息する。
「ンな何時間も掛かる訳じゃねぇ作業なんだ。三十分もありゃ終わるから、邪魔すん」
「遅えよ」
 三十分も待っていられない。スクアーロの言葉を遮って、目の前に露になった彼の項へとザンザスは唇を寄せた。軽く吸い上げてやれば、ぴくんとスクアーロの肩が跳ねる。
「調整とやらをしたければすりゃあ良い。オレは勝手に楽しませて貰う」
「楽しむな!」
 威嚇するようにスクアーロが吼えるけれども、その手はまだ気丈に剣の手入れを続けていた。油を含ませた紙を刀身に宛て、滑らせる。拭われた彼の剣は、照明に当たってきらりと艶を持って輝いた。
 その気丈さがまた気に食わなくて、ザンザスは身を屈めて項への愛撫を深める。舌先を使ってついとなぞり上げ、ついでに空いた両手を背後からスクアーロの腹部へと這わせた。
 椅子に座る彼の脇腹へとぴったり掌を吸い付け、薄い衣服越しに撫で下ろしてゆく。脇腹、下腹部──指先が内股の方へと伸びそうになって、観念したようにスクアーロが暴れた。
「ッ、ザンザス!」
 怒気を孕んで振り返ってきた彼の唇を、当然のような仕草でザンザスが迎えた。淡く食み、それだけで離れる。
 俄かに染まった頬へと銀髪が滑り落ちる様を満足げに見つめながら、ザンザスがそっと囁いた。
「で?」
「……刃物持ってんだよ」
 もごもごと告げられた言葉に低く喉奥で笑って、戯れのような浅い口付けを再び交わす。
 唇が離れる間際に、なら置きゃあ良い、という身勝手な言葉がスクアーロの耳元へと注がれた。彼は仕方がないという風体を装い、酷く甘美な溜息を吐く。

 ──がらん、と重いものがテーブルへ置かれる音が一つ響いて、後は静寂と吐息が満たすだけ。




(08/11/13)