任務の報告に遣って来たスクアーロの異変に、いち早く気付いたのはザンザスだった。
 いつも青白い頬は薄らと珊瑚色に火照り、銀の視線は定まらない。スクアーロの右手は、しきりに左上腕部を気にしていた。よくよく目を凝らせば、その部分の衣服が切り裂け、少しだけ変色しているのが見て取れる。
「──スクアーロ、」
 名前で呼んでやれば、驚いたようにその両肩が跳ね上がる。
 ザンザスは深く腰掛けていた革張りのチェアから立ち上がり、顎先でベッドルームへと続く扉を指し示した。
「来い」






「脱げ」
 簡潔な命令に、スクアーロは大人しく従った。
 キングサイズのベッドの端に座るザンザスの前で、着込んでいた隊服の上着を床へと脱ぎ捨てる。衣擦れの音に対して興奮もせず、ザンザスは彼の左上腕部を眺めた。白いシャツに血が滲み、何かの切れ端らしい布が巻きつけられている──が、その色は解らない。血でぐっしょりと濡れていた。
「斬られて興奮してりゃ世話ねえな。ターゲットはそんなに良かったか?」
「──……強い護衛がついていた。早すぎて一瞬見失うほどだったぜぇ、ありゃ殺すにはちィと惜しかった……」
 蔑むようなザンザスの声に、スクアーロがぱっと顔を上げてそう言った。
 青白い頬に散る薔薇色と、恍惚とした双眸は殺しに淫蕩しているスクアーロの特有だ。
 彼はその驚異的な強さゆえに、任務で傷を負う事など殆どない。
 そこへ一太刀でも浴びせたとなれば、なるほど確かに強かった護衛なのだろう──少なくとも、スクアーロを興奮させるまでには。今は既に、過去形で現されよう人物だったが。
 ザンザスが腕を伸ばしてスクアーロの身体を引き寄せ、ベッドの上へと押し倒す。左腕が触れた場所には血染みが浮き上がったが、そう大きいものではなかった。出血は既に止まっているのだろう。
「任務達成の褒美だ。可愛がってやる、」
 汚れた布を抜き取って、ぽいとその辺に放り投げる。むわりと濃くなった血臭に、スクアーロの身体が戦慄いた。
 今日はザンザスの機嫌が良い日らしい。可愛がってやる等と彼が口走るのは酷く機嫌が良いときか、もしくは酷く機嫌が悪いときかの二択だった。床の上で殴られながらというシチュエーションでは無い事から、スクアーロは彼の機嫌が良いのだと察する。
「ランナーズ・ハイならぬキリング・ハイってとこか。イカれやがって」
 喉で低く笑いながら、ザンザスはスクアーロの纏うシャツを簡単に引きちぎった。ボタンが弾けて、ベッドの上やら床の上やらに転がってゆく。
「ザンザス、」
 甘えるようにスクアーロが囁いて名前を呼び、キスをねだる。首筋に添えられて引き寄せられてもザンザスは双眸を細めるだけで、機嫌を損ねたりはしなかった。
 喰い合うように深く口付けて、どちらからともなく割った歯列の隙間を縫い、舌が絡む。押し付けて捏ねて夢中で貪れば、スクアーロの口端から飲み切れなかった唾液が伝い落ちた。
 スクアーロは殺しの直後に抱かれているというシチュエーションに、ザンザスは流血沙汰の怪我をした相手を暴いているという光景に半ば倒錯しながら、性急にお互いの身体へと触れた。酷く熱い。
 既に布地を押し上げているほどのスクアーロの中心へとザンザスが触れれば、とても素直に甘い吐息が寝そべる彼の唇から零れ落ちる。ザンザスが口端をめくり上げて猥雑に笑い、スラックスを下着ごと一息に引き摺り落とした。
「あ、ぁ、」
 柔く芯の通り始めた陰茎が外気に触れる。羞恥と、それからこれよりこの身を襲うであろう快楽に期待して、スクアーロは腰を震わせた。
「どうしてほしい。言ってみろ」
「、舐めて……」
 あられもない希望に、ザンザスの片眉が跳ね上がる。けれどそう間を置かずに彼は肩を揺らして低く笑い始め、心底蔑むような目でスクアーロを見た。
「上司に向かって舐めろ、か。淫乱の言葉は気が狂ってるとしか思えねえな。……だがまあ、今日の俺はそう悪い気分でもねえ」
 下半身にゆっくりと近づけられるザンザスの顔に、スクアーロが短く喘ぎ声を漏らした。舐めて貰えるのなんていつぶりだろうか。羞恥と期待に、腿の裏側を引き攣らせて震える。
 既に緩く勃ち上がっていた陰茎に、暖かな吐息が掛かると共に湿った感触が絡み付いた。口腔にすっぽりと引き込まれ、肉厚の舌で扱き立てられる。その癖になりそうな快感に、スクアーロの背が弓形に撓った。
「ひっ、あ、──ッは、あァ、…………ん、!」
 足の間で、卑猥な音が漏れている。
 いつも自分を怒鳴りつけて殴り飛ばすザンザスに口淫を施されているという状況は、スクアーロの四肢に痺れるような快楽を齎した。だらしなく開けっ放しになった唇の端から、飲み下し切れない唾液が粘つく糸になって垂れてゆく。
 ザンザスの責め様は酷かった。舌で裏筋を丁寧になぞりながら、犬歯の先で鈴口を突付く。時折派手な水音を立てて先走りを吸い上げ、調子を合わせるかのようにじっとりと太股の際どい所を撫でられた。怖いほどの愉悦がスクアーロを満たす。
「んぁ、ふ……ッ、ぃ、は──……ッ! も、駄目……出る、ザンザス、」
 ザンザスの黒髪に指先を突き入れて狂おしく掻き混ぜ、絶頂が近い事を絶え絶えに告げた。
 流石に口の中に出すのは怒られるだろうと思っての事だったが、その言葉にザンザスは口を離し、期待とは裏腹に身体を引いてしまった。手で続きを促してくれないのだとスクアーロが知り、色に惚けたような視線で彼を見遣る。
「オレが満足してねえのに、一人でヨがって一人でイく気か?」
「あ、」
 凶悪に笑って、ザンザスはその手をまだ硬く秘された蕾へとやった。
 ──その笑みの意図に気付いたスクアーロが制止の声をあげる暇も無く、ザンザスの指は慣らされもしない襞の内側へと突きこまれる。
「痛ッ、──……!」
 張り詰めたままで放置されている陰茎から溢れる先走りで多少は濡れていたものの、それでも受け入れるには足りない量だ。当然の如く引き攣れるようなあられもない痛みがあり、スクアーロは眉間に皺を寄せた。
 だが哀しいかな、スクアーロの身体は充分に仕込まれている。ザンザスという男の身体にぴったり合うように。
 潜り込んだ彼の中指が内部でぐりんと円を描き、慣れたように内壁の或る一箇所を擦れば、スクアーロの身体を覆っていた蟠りは一息に蕩けた。
「はぁ……あァ、ん、んぅ──……!」
 枕に頬を押し付けて髪を振り乱し、スクアーロは堪えた。ザンザスの指もまた、スクアーロを知っているから容赦なく責めたててくる。
 指が増やされて、爪先で浅く引っ掻くようにその場所を再び刺激された。どうしようもなく気持ちが良い。唇を噛み締めながらシーツの上を指が手繰り、強く掴めば白いドレープが描かれる。
 ザンザスの唾液と零れ落ちる先走りでてらてらと光るスクアーロの陰茎は、既にはちきれんばかりに腫れ上がっていた。弾ける瞬間を今か今かと待ち望むそれに、けれどザンザスは触れてくれない。勝手に出せば怒られる。
 出したい。イきたい。スクアーロの思考は快楽に負けて、放り出していた両足をザンザスの腰へと巻き付けた。彼が好むように、出来るだけ扇情的に。
「ボス、ボス、……ザンザス、──欲しい」
 ザンザスがついとそのピジョン・ブラッドの双眸を細めて、己を誘うスクアーロの痴態を眺めた。
 火照った肌、所々に付着した血液、芯を持ったまま萎えず震える雄、色に溺れた銀の瞳──……上出来だ。
 ザンザスはスクアーロの蕾から指を引き抜き、口端に悪い笑みを引っ掛けて、己の衣服のベルトを緩めジッパーを下げる。取り出された彼の雄もまた、充分な硬度と熱を持っていた。
 ごく、とスクアーロの喉が鳴る。それは今、己がとても欲しくて堪らないものだった。
「欲しいか?」
 鸚鵡返しにそう問うて、その切先を解した孔へと擦り付けた。呼応するように、きゅう、とスクアーロのそれが蕾む。
「我慢できねぇよ、」
 切なげにスクアーロが懇願するのを聞き届ければ、ザンザスはいきり立った雄を彼の後孔へと押し込んだ。
 先端こそ潜り込むのに痛みはあるが、そこさえやり過ごしてしまえば後は一気だった。ずるりと身体の奥まで塞ぐ熱に、スクアーロの唇から恍惚に塗れた吐息が落ちた。
 内壁が馴染むのを待つほどザンザスは暢気ではなく、収めたばかりの楔を引き抜き、最奥まで打ち付ける。短いストロークで始められた律動に、スクアーロが身悶えた。
「ッく、あ、ぁ、あ……! ザンザス、もっと、もっと奥まで、……ぁ、!」
 揺すり上げられる度にだらしなく喘ぎ声を漏らしながら、もっと奥まで、と誘うように足を絡めた腰を引き寄せる。
「──ンなに美味そうに咥えやがって」
 結合部を見下ろし、乾いた唇を舐めながらザンザスが囁いた。限界まで開いた足の奥、赤く色付くその襞は、淫靡に己の雄へと絡み付いている。
 引き摺りだせば逃がすまいと追い掛け、突き入れれば待ち望んだかのように抱き締めてくるその内壁の感触に、ザンザスは満足そうに笑った。
 腰を抱え上げ、少し角度をつけて律動を強める。指で散々刺激してやった場所を切先で抉るようにすれば、スクアーロの双眸が零れ落ちそうなほど見開かれた。
「そこ、駄目、……ッひ、ひぁ、────あ゛あ゛ぁぁ……!」
「ハ、そんだけ涎垂らして心底悦さそうな顔していやがるのに?」
 劣悪な顔をして笑うだけで、ザンザスは与える快楽の度合いを弱めようとはしなかった。徹底的に可愛がるのがザンザスの遣り方だ──殺し合いでも、ベッドの上でも。
 ぴん、と伸び切ったスクアーロの爪先が弛む事はない。手が白くなるほど握り締められたシーツは、ザンザスの視界に非常に宜しかった。五感全てで愉悦を受け止め耐えているというのは、見るに愉しい。
 けれど体内できゅうきゅうと愛らしく締め付けられれば、ザンザスとてそう長くは持たなかった。出してしまうのはとても気持ちが良い行為だから、その衝動には抗わない。
 随分放り出してしまっていたスクアーロの中心へと手を伸ばすと、それは未だに熱と硬度を保ったままだった。喉奥で低く鳴き、ザンザスは再びそれを擦り上げてやる。
「ッ、やぁぁ、嫌だ、やぁ……!」
 後ろと前とを同時に弄ってやっているのだ、悦くない訳がない。啜り泣きながらもう解放してくれと訴えるスクアーロを眺め下ろして、ザンザスも己の絶頂が近い事を自覚する。
「お願いします、はどうした」
「ザンザス、ッはぁ、……い、かせて……!」
 あっさりと陥落した様子をとっくりと見つめ、ザンザスは満足そうに顔を歪めた。親指の爪で扱く陰茎の鈴口を割り、内壁を強く擦り上げながら最奥へと腰を打ち付ける。
「────…………、……ッ!」
 悲鳴にならぬ声を上げて、スクアーロが達した。仕上げのように暖かな内壁で締め上げられて、ザンザスも息を詰めて欲望を吐き出す。
 身体の一番奥に排出される白い濁りを感じながら、スクアーロは夢現に手を伸ばすかのような仕草にて、ザンザスの首へと両腕を回した。応じて、彼もスクアーロをかき抱く。

 戯れのような柔いキスを幾度も繰り返すうち、スクアーロの意識はふつりと途切れて──翌朝、いつも通り傍若無人に戻ったザンザスにベッドを蹴り出され、手当てを忘れていた傷に魘され、後始末を忘れていた所為でとんでもない事になった身体に嘆く事になる。

(08/10/16)