boko-dai

01. たたく
 切欠は、本当に些細な事だった。
 乾いた音がサロンに響いて、スクアーロの眦がぎろりと吊り上がる。
「てめぇ、何しやがる」
 手に持っていたものをごとん、とガラステーブルの上へと放り出し、即頭部を叩かれたスクアーロはザンザスへと低い声でそう言った。
「オレの台詞だ、カス。てめえ、何しやがる?」
 その苛付いた声がゴングだったらしい。
 お互いにカウチから跳ね上がるように立って、剣呑な雰囲気のまま対峙した。
02. つねる
 先に手が出たのは、堪え性のないスクアーロの方だった。
 ザンザスに向かって掴み掛かり、その頬に躊躇いもなく指先を掛けて──思い切り、抓る。
 手の末端部分に思い切り力を込めて、全力で引っ張られ抓られるのはさしものザンザスも予想外だったらしい。
「う゛お゛ぉいザンザス、傑作だぜぇ!」
 横に伸びて妙な形に歪むその顔に、スクアーロが遠慮もなく吹き出した。
 ぶちん、とザンザスの中で、何かが派手な音を立ててぶっ千切れる。
03. 噛む
 自分の頬を全力で抓るスクアーロの手をがっつりと捕獲すれば、その行為を止めさせる事はザンザスにとって容易かった。
 握力を以ってして細く骨張った指先を引き剥がし、
「いっでぇ!」
 ──その手の親指部分に思い切り噛み付いて歯を突き立てれば、スクアーロの身体が跳ねる。
 犬歯の先が柔らかい肉を裂いたらしい。口腔に広がる鉄錆の味に、ザンザスは噛み付いたまま唇の端を捲り上げて笑んだ。
 べ、と汚いものを吐き出すかのような動作と音でその牙が鮫の手より離れてゆく。
 鈍く血を滲ませる己の手に、今度はぶつ、とスクアーロの血管が切れた。
04. 叫ぶ
「う゛お゛お゛ぉい、てめぇ! 股の間にぶら下がってるモンだけじゃなくて、頭まで犬並になったかぁ!?」
05. 口の端が切れた
 ぱん、と乾いた音が、スクアーロの下品な叫びに続いてサロンに響く。
 ザンザスの振り抜いた右手の甲が、スクアーロの頬を張ったらしい。予見していなかった事態にスクアーロの身体は一瞬揺らいだものの、そこは剣士だ。踏ん張って、体勢が少し傾いだだけに留まった。
 ねめつけるような視線を、スクアーロはザンザスの視界の下方より上目遣いにて投げ付ける。
「──……口の端が切れたぜぇ、」
「口紅代わりにでもしときゃ良いじゃねえか。そのままお前の好きな犬並のでもしゃぶるか?」
 緻密な紋様が見事に描かれた値打ちモノのラグに血の混じった唾を吐き出し、スクアーロが低く唸る。
 対するザンザスは肩を竦めて薄ら笑い、先ほどの言葉を揶揄するようにそう言った。
06. ひっぱる
「ッ、てめ、しゃぶらせてンのはてめぇだろぉが!」
 ひくりと顔を非常に嫌そうな形に歪め、スクアーロがザンザスへと躍り掛かる。どうしたって手の早い部下に、ザンザスは辟易として嘆息した。
 激情のままに掴みかかって来るスクアーロを軽くいなし、軽やかに身を翻したザンザスが手を伸ばす。
 スクアーロの長い銀髪にその指先は絡み付き、ぐいと強引な力で引っ張った。いてえ、と絡め取られた彼が喚く。
07. 殴られた
 そのまま銀髪を容赦なく引っ張れば、痛いと喚き散らしながらもスクアーロはラグの上へと姿勢を崩した。
「上司に盾突いてんじゃねえよ、このドカスが」
 低く笑いながら心底呆れたようにそう言って、ザンザスは無防備にも曝け出されたままのスクアーロの腹部へと、己の靴の爪先を思い切りめり込ませる。
 ぐえ、だとかそんな感じの潰れた声が響くのも気に介する事なく、今度は膝頭で顎を蹴り上げた。
 スクアーロが慌ててラグの上でもがき、何とか体勢を立て直そうとする──が、ザンザスはそれすら許さない。
 無理矢理銀髪を引っ張り上げて、スクアーロの顔を己の視線の真正面へと持ってくる。口端に紅の滲む姿を眺める事もなく、その頬を左の拳で殴り飛ばした。
08. 泣きわめく
「ッ、げほ、うぇ、……、ぐ……うッ!」
 殴り飛ばす瞬間に髪の毛を戒めから解いてやれば、スクアーロの身体は拍子抜けするほど簡単にラグの上へと転がった。
 腹部を押さえて、こみ上げる嘔吐の衝動をやり過ごしながらも彼はまだ諦めてはいなかった。生理的な涙を滲ませ睨み付けてくる彼に、ザンザスが酷薄な笑みを唇の端に引っ掛ける。
「ンのやろぉ、……ッ、気にいらねぇ事があるとすぐ、そうやってオレを好きなだけ殴り飛ばしやがって……!」
09. 抵抗する
 ぎり、と歯を食い縛ったかと思ったのも束の間──ザンザスが瞬きをする間に、スクアーロは飛び掛るようにして自らの上司の足元へと縋り付いた。
 形振り構わぬ抵抗に、ザンザスが初めて大きく姿勢を崩す。派手な衝撃音が散って、彼の大柄な身体はラグの上へと引き倒された。
「ンのやろ……ッ」
 拳を振り上げるスクアーロの影に気付き、ザンザスの表情に黒が射す。
 咄嗟に足払いを掛けて、とりあえずは向けられた拳を回避した。続け様に肘を振り上げスクアーロの横っ面へと綺麗に収め、彼は銀の髪を盛大にばら撒きながらラグの上へと轟沈する。
10. 鼻血
 ぬるりとした独特の感触が、鼻の先から垂れていた。つんと昇り立つ鉄の匂いに、スクアーロは手をやって確認するまでもなく鼻血だと悟る。
 殴られすぎて鼻血はしょっちゅうだったが、止めるのに時間が掛かるし気持ちが悪い。くらくらと星が飛び始めた視界に渇を入れて、懲りもせずザンザスを探して視線を彷徨わせた。
 ──が。
「良い度胸じゃねえか、カスザメごときが……!」
 ぞくり、と背筋に走る悪寒がスクアーロの四肢を封じる。背筋から這い上がる悪寒は、やがていつしか恍惚へと変わってゆく──嗚呼、ザンザスが怒っている。
 踵で腹を踏み潰されても悶え苦しむ暇は無く、ザンザスの体躯がスクアーロの上へと馬乗りになった。
11. マウントポジション
 ラグに横倒しになって見上げるザンザスの顔は、ぶら下がるシャンデリアの逆光の所為で見えなかった。
 けれども垂れ流しになる激怒の気配はほんものだ。スクアーロが敬い愛してならない、ザンザスの持つ怒りの炎だ。
 己の矮小な存在がこの怒りを引き出させたのかと思うと、スクアーロは身震いが止まらなかった。単純に彼を恐れていただけなのかもしれない。けれど、震えが止まらなかった。
「ザ、」
 名前を呼びかけて伸ばした手は、気に入らないもののようにザンザスの右手によって払われる。
 触れ合った素肌が火脹れのようになっている。怒りの炎──スクアーロは、息を呑んだ。
12. 立てない
 彼を払い除け、立ち上がって挑みかかる事が出来なかった。物理的にも、精神的にも。
 これから手酷く殴られ、蹴られ、犯されるのだろう。ザンザスを酷く怒らせてしまったときは、いつもそんな風にして虐げられていた。けれどそれが彼の怒りを一番身近に感じる方法だから、スクアーロは甘んじて受ける。
 ザンザスの手に視認出来るほどの炎が宿り、それが拳の形に引き締められた。
13. 徹底的に
「ちょっとちょっと、何やってんの!?」
 場の空気をぶち壊しにしたその声に、ザンザスもスクアーロも、全ての動きが停止する。
 サロンの入り口へと視線を遣れば、そこには物凄く驚いた表情をした綱吉が立っていた。
「あらやだボス、スクちゃん! また喧嘩なの?」
 綱吉の背後から現れたルッスーリアが、室内の惨状を見て悲鳴を上げた。
 振り上げられた拳、馬乗りになった姿勢、カウチやラグに飛び散った鼻血らしき小さな血痕。どう考えても派手な喧嘩をやらかした後だ。
「喧嘩はベッドでして頂戴っていつも言ってるじゃない、んもう! ボス、任務の話よ!」
 呆れたように嘆息したルッスーリアが、綱吉をサロンに押し込んだ。来るんじゃなかったという表情をありありと顔に出した綱吉を見遣って、ザンザスは低く溜息を漏らす。
 マウントを取っていた彼の身体が退き、スクアーロもまた鼻を鳴らした。後でルッスーリアに根掘り葉掘り聞かれそうだ。
「カス、」
 上半身を起こすスクアーロに、立ち上がって衣服を整えるザンザスが声を掛ける。
「──後で徹底的に躾けのし直しだ。逃げンじゃねえぞ」
「…………、了解」
 任務の話が明日だとか、急な用件だったらどうしようか。己の惨状を思い描いて、スクアーロの口許が薄らと笑った。
--.
「ねえベルちゃん、喧嘩の原因って何だか知ってる?」
「あー、見てないけどアレじゃね? テレビの。前にも似たような事で殴り合いしてたし」
「……ああそう言えば、ガラステーブルの上にリモコンが放り出されてたわねえ」
「どうせボスが勝手にチャンネル変えて、スクアーロがまた戻したからボスが切れたんじゃん?」
「やーねえ、子供じゃないんだから。サロンからテレビ撤去しましょうか」
「馬鹿だよなー、ボスもスクアーロも。チャンネルくらいでアホみたく暴れちゃってさ」
「ストレス発散なのよ、きっと」

(08/10/13)

title by ボコ題

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