──夜明け。
スクアーロは傍らに眠る主人の顔を見下ろして、言おうか言うまいかとても悩んでいた。

ザンザスは、歳の数を祝われるのを酷く毛嫌いしている節があった。
生まれを呪っているからかも知れないし、もしくはスクアーロの与り知らぬ、
ザンザスのもっと深い部分での話かもしれない。

けれどもスクアーロにとって、ザンザスの誕生日は一年で一番特別な日だ。
一生を掛けて誓う相手がこの世に生まれた事を、大っぴらに祝える日だ。

──眠るザンザスの黒い髪をそっと梳き、紅の瞳に想いを馳せて双眸を伏せる。
弱い朝の光に、銀の睫毛が柔くけぶる。

ザンザスは眠っていた。深く眠っている彼になら、スクアーロはそっとその言葉を贈る事が出来た。
祝われるのが嫌いなザンザスの意志を曲げてでも、それはスクアーロが一番伝えたい事だった。

Buon Compleanno.

静謐で緻密な十月十日の朝一番の空気を震わせ、スクアーロの声がそう告げる。


(──彼は知らない、)
(ザンザスの耳が、その言葉をしっかりと捉えていたことを。)
(髪を梳く指先が存外に心地良かったから、その祝いを叱責しないでいてやろうと結論された事も。)




(08/10/12)