ザンザスは往々にして、その全身を覆う傷に慈悲を持って触れられるのを嫌がった。
 セックスの最中に戯れで唇を押し付けるだけでも、彼はその度に激怒してスクアーロの横っ面を引っ叩く。或いはぶん殴る。
 その傷は彼にとって屈辱的なレッテルだったから、精神的にも物理的にも触れられたくないのはスクアーロにも理解出来た。
 けれどもスクアーロには、殴られても尚彼の傷痕を慈しみ敬い、慰撫する事しかザンザスに対して愛を捧ぐ方法を知らなかったのだ。

「ッ、あう、あ、あ゛────……!」
 禄に慣らされもしない後孔へといきり立った肉の楔を突き込まれて、スクアーロは全身をがくがくと揺らして弓形に撓った。ぬるりと肌を伝ったのは、襞が裂けた所為の血だろうか。
 色気も何もない、最早喘ぎ声でもない唸り声を上げて、スクアーロは必死に耐える。それでもぴんと張り詰めた爪先が弛んで跳ねて、ザンザスが押さえつけていた膝裏が揺れてしまったらしい。仕置きのように左頬を叩かれる。
 “ゆりかご”から目覚めて以来、ザンザスは毎夜のようにスクアーロへと暴力的なセックスを強要した。
 前戯なんてあるのかどうかも解らないほどで、おざなりにスクアーロの芯を擦って潤滑油代わりの精液を出させるだけだ。事務的な触れ合いに充分な量のそれが分泌される筈もなく、結局殆ど乾いた状態の孔がザンザスの雄を受け入れる事になる。
「痛い、ッ、痛ぇ、あ、…………っひ、!」
 ぼろぼろと涙が零れて止まらない。痛いと掠れ声で訴えてもザンザスの情けは齎されなかった。
 馴染みもしない内壁を熱い楔で擦り上げられて、裏返った悲鳴がスクアーロの口端から零れ落ちる。
 最初に吐き出した時からずっと触れられていないスクアーロの芯は、すっかり萎え切って揺れるだけだ。
 快楽も何も見出せない一方的な行為の中で、それでも苦痛を和らげるためにそれを得ようと、スクアーロは片手を己の中心へと這わせて握る。上下に扱けば、いつも幾分か後ろの痛みがマシになる。
「ハ、ドカスが。本当にてめぇは淫乱でどうしようもねぇな、次からは雌豚って呼んでやろうか?」
 バリエーション豊富な罵倒は毎度の事だ。全身に回り始めた快楽という名前の麻薬で顔を弛ませながら、スクアーロはぼんやりとザンザスを見上げた。

 ──こんな方法でしか、スクアーロはザンザスを受け止める術を知らなかった。
 一日ごとに増えていく、彼が内包する怒りの粘度を思い知る。重みと熱さを以って絡み付いてくる底知れぬ怒りが、スクアーロを酷く魅了してやまなかった。
「んん、……ッ、ザ、ンザス、」
 腰を打ち付けられる度に稲穂のように両足がぶらぶらと揺れて、それを視界の端に情けなく見遣りながら、スクアーロはそっと片腕をザンザスの首筋へと回す。
 ねだるように彼の唇へと、自分のそれを押し当てた。不愉快そうにがり、と噛まれて鉄錆の味に顔を顰める。吐息を漏らして顔を離し──今度はザンザスの額に走る傷痕へと、恐る恐る唇を押し付けた。
「触るな!」
 鋭く叱責して、ザンザスの右拳がスクアーロの左頬を殴り飛ばす。鼻の血管が切れたらしい、つうと鼻腔を粘性の赤い水が流れ落ちた。
 それでもスクアーロは懲りずに、再び顔を寄せてこめかみへと唇を贈った。傷痕へと寄せて。当然の如く、今度は反対側の頬が殴り飛ばされる。

 ──それでもそんな方法でしか、スクアーロはザンザスを愛する術を知らなかった。
 愛された事がない人間が、人ひとりどうやって愛せば良いのだろう。知る筈もない。苦悩して辿り着いたのは、彼の負った過去の傷を自分のもののように慈しむ事だった。
 馬鹿の一つ覚えのように──事実、馬鹿の一つ覚えだった。スクアーロは何度も彼の傷痕を柔く慰撫し、小鳥のように唇で啄ばんで、その度に殴られた。

(でも、これしか知らないんだ)
 後孔で肥大化するザンザスの雄に、泣きそうに顔を歪めてスクアーロは双眸を伏せた。
(なあ、オレはどうすればこいつを救える)
 温い体液が身体の中に放たれて、スクアーロも自分の芯を強引に責め立て、乱暴に達する。

(オレもこいつも、図体ばっかりでかいのに、八年前から何一つ変わっちゃいねぇんだ)



(08/10/10)