「──つー訳で、銃の実験台になってもらいましたー。良かったねスクアーロ、実験大成功じゃーん!」
 どんぐりのような眼を思い切り見開いて見上げてくる猫を見つめてベルフェゴールはげらげらと笑い、ふざけた調子でそう言った。彼の肩上で、マーモンがひっそり息を吐く。

 ──なんだこれは、どうなってやがる。
 スクアーロはいきなり目線の高い所に上がったベルフェゴールの顔を見上げながら、必死にそんな事を考えていた。
 確か以前から申請していた長期休暇に入ったばかりで──今日の夜には、この休暇の目的である日本へ発つ筈だった。山本武が稽古をつけてほしいと言うから、十日ほど山本家へ滞在する予定だったのだ。
 高校受験で半年以上身体を動かしていないというから、鈍った身体を鍛え直してやるつもりでスクアーロも結構楽しみにしていた。だから山本の春休みに合わせて休暇を申請した──無論ボスには殴られたが。
 ともあれ出発までに終わらせておかなくてはならない事務処理も終え、荷物を作っている最中にやって来たのがベルフェゴールだった。
(ベルがいきなり銃口を向けてきて、それから……?)
 身を翻す余裕もなく撃たれて、それからがスクアーロには良く解らなかった。確かに被弾したと思ったのだが、身体に痛みも不都合も感じない。その上、銃にはつきものであるあの独特の匂いを持つ硝煙がなかった。
 考えていても埒が明かない。スクアーロはベルフェゴールを睨み付けた。彼から聞けば済む事だ。
「ベル!」
 ──と、スクアーロはそう声を掛けたつもりだった。
「うわマジで? にゃーだって、にゃー!」
「……本家の開発部は無駄に拘るね。その動物の声に聞こえるように細工されてるのか」
 ベルフェゴールはげらげら笑い出して、その肩の上にちょこんと乗っかっていたマーモンは興味深げに囁く。それから彼はふわりと床上へ降りて、スクアーロの隣に立った。視線の高さが同じでスクアーロは戸惑う。
「十年バズーカの亜種の、プロトタイプをルッスーリアが本家で押し付けられてきてね。それを君に向けて撃ったんだよ、ベルが」
 自分は関係ない、とそこだけはしっかり否定しつつマーモンはスクアーロに教えてくれた。
 十年バズーカの系統ならば、撃たれても痛みがないのは理解出来る。が、だったらどこが変わったと言うのだろう。見たところ今日の日付から移動した形跡もないようだが、と──スクアーロは何気なく自分の手を見遣る。
 見遣って、絶叫した。
「………ンだこりゃぁ!!」
 白いふさふさの体毛に包まれた、桃色の柔らかそうな肉球を愕然として見つめて──本人は愕然としていたが、ベルフェゴールとマーモンから見れば猫がびっくりしながら自分の手を見つめているという、微笑ましい風景だったと言う──それからスクアーロは、じろりとベルフェゴールを睨み付けた。
「今度はふぎゃーだって」
「猫の鳴き声もサンプリングしたのかな。バリエーション豊かで無駄すぎるね」
 銃を撃った張本人は、のんびりとした口調でマーモンとそんな風に遣り取りしている。それがまた気に食わなくて、スクアーロは左手を振り上げた。同時ににゅっと爪が飛び出て、そのまま手を振り下ろす。
 が、それがベルフェゴールの向こう脛を切り裂く前に、首根っこをむんずと掴まれる。実に軽々と持ち上げられてしまって、スクアーロは暴れた。
「ベル! てめぇ元に戻しやがれ!」
 状況を把握して、漸くスクアーロも自分が声を発した所でにゃーにゃーとしか言えない事に気付いたのだが、それでもそう叫ばずにはいられない。日本への出立は明日だと言うのに。
「だーかーら、にゃーにゃー騒がれても解んないんだってば。暫くしたら元に戻れるらしいからさ、それまで猫になってなよ。可愛いし、騒いでも鬱陶しくないし」
 何が面白いのか、そう言ってベルフェゴールはまたげらげらと哄笑した。何が面白いって恐らく自分が猫になっているのが面白くて堪らないのだろうけれど、それを認めたくなくてスクアーロは更に暴れる。
 が、当然のように前足も後ろ足も空振りだった。
「うわーまじで猫なんだ、すっげーだせえ! なーマーモン、この猫どこに連れてったら面白いと思う?」
 スクアーロは抗議するように唸ったが、ベルフェゴールもマーモンも気に留めやしなかった。畜生元に戻ったらマーモンも一緒に拳骨喰らわせてやる、とスクアーロは固く心に誓う。
 スクアーロがそんな決意を秘めている下で、マーモンはちょこんと首を傾げて考える素振りを見せた。それからスクアーロとそれを摘み上げるベルフェゴールを見上げ、口を開く。
「ボスの所へ持って行ったら?」
「だよな。よしそうしよっと」
 軽いノリで決定されたその事柄に、スクアーロがぶわっと全身の毛を逆立てる。
「止めろぉ! 元に戻せ、このバカ王子!」
「うわあすっげー猫っぽい。相変わらず何言ってんのかわかんないけど」
 暴れられないような形で抱きかかえられ、それでも喚くスクアーロを見てベルフェゴールは再びげらげら笑った。