「──はい、確かに報告を貰いました。それじゃあこちらが次の任務に関する資料になります。今はまだ様子見期間だけど、水面下で何か仕掛けてくるかも知れないから注意して下さい。ミッション開始はまた僕の方から連絡するようになると思うんだけど、恐らく四月頃になるかなって」
 綱吉が手元の書類を確認して浅く頷きながらそう言い、テーブルの上に置かれていた素っ気無い茶封筒を渡してくる。赤い封蝋がしてあって、それには死ぬ気の炎が宿っていた。
 鬱陶しそうにそれを見つめて、ザンザスもまた頷きながら封筒を受け取る。

 ──二月半ば、イタリアは冬の最中だ。自分が渡した先の任務の報告書を、傍に控える秘書に渡す綱吉を横目にしながらザンザスは窓の向こうを見遣る。植えられている樹の枯れた枝にはこんもりと雪が積もり、視界を真っ白いものが覆っていた。
「今日はスクアーロは来ていないんだね。いつも一緒にいるのに」
「……別件で出掛けている。てめえなら知っているだろう」
 一礼して出て行った秘書を見送ってから、綱吉はザンザスにそう声を掛けた。低い声音の返答と共に不愉快そうな視線で睨まれて、綱吉は苦笑する。聞かなくても知れる事を聞いてくるな、といった風体だった。
 この赤い目をしたヴァリアーのボスは、ボンゴレ本家が相変わらず大嫌いなようだ。今日も書類の受け渡しを終えたら早々に帰るつもりなのだろう。
 けれど綱吉としては、もっとザンザスと歩み寄りたいと考えていた。同じファミリーなのだから、仲違いをしているよりかは親密な方が良い。
 会話を重ねていれば、多少なりとも打ち解けられるのではないだろうか。綱吉はそう考えて、いつもザンザスと会う時には世間話をするようにしていた。それが果てしなく一人相撲に近いものだったとしても、一応効果はあるらしかったのだ──最初は返事すらしなかったザンザスが、最近ではそれなりに応じるようになったのだから。
「そう言えば、もうすぐスクアーロの誕生日だね。ザンザスは何を贈るの? 僕も何か贈ろうかと思ってるから、被るとアレだし……」
 笑って言いながら綱吉はザンザスの方を見て、不意に言葉を途切れさせる。
 共通の話題を探して、そう言えばもうすぐスクアーロの誕生日だったと思い出しただけだ。
大ファミリーのボスとしてこれくらいは、と綱吉は、重要なポストに就いている者達のプロフィールは大体把握するように努めていた。ちょっとしたプレゼントを贈ってやるだけで、彼らの綱吉に対する敬愛と信頼は段違いに増すのだ。有体に言えば地盤固めである。
 ──そんなごくごく軽い意味合いで、少なくとも綱吉は世間話のノリで言っただけだったのだが、何か地雷を踏んでしまったのだろうか。
 綱吉が言葉を飲み込んでしまうくらい、ザンザスは物凄く驚いた顔をしていた。初めて見ると思えるくらいの驚き様だった。
「……なんであいつの誕生日を祝ってやらなきゃならねえんだ」
 まるで、今まで祝った事がないとでも言いたげな口振りだった。今度は綱吉が驚く番だ。
「だって、恋人なんだろ? 祝わない方がおかしいよ」
 綱吉の声に、ザンザスの顔が思い切り歪む。
「気色悪い事言うんじゃねえ。唯の腐れ縁だ」
 心底からそう思っています、みたいな顔と声で返って来た答えに、綱吉は複雑そうな表情を浮かべて頬を掻いた。エー、とブーイングしたいのを我慢する。
毎度毎度どこへ行くにも何をするにも隣に連れ、宿泊はいつもダブルベッドを二人で使い、互いが互いを一番に思っているような素振りを隠そうともしない関係は、世間で言えば恋人が妥当ではなかったろうか。
 ──とか言いたいのを思い切り身体の奥まで飲み込んで、綱吉は無理矢理笑ってみせた。
「腐れ縁にしたって、誕生日くらい祝ってあげたって良いじゃないか。今まで本当に何にも?」
「誰かの誕生日を祝った覚えはねえよ」
 当然だろうと言いたげな態度だった。御曹司という立場では祝われる方が当り前だったのだろうけれど、と綱吉は苦笑する。
「じゃあ、今年初めて祝ってあげたら良いじゃない」
「理由がねえ」
 ザンザスはふいとそっぽを向いてそう言った。
「スクアーロ、今年で確か三十だろ? 節目の歳じゃないか、長年の部下なんだしさ。それに誕生日を祝うっていうのは、とても大事な事だと思うんだ」
「はあ?」
 ザンザスの訝しげな声を受けて、綱吉が笑う。
「生まれてきてくれてありがとう、って、大っぴらに祝える日なんだよ」
「────……、」
 綱吉の言葉に、ザンザスが押し黙る。その先を促す事はせずに、彼が口を開くのを綱吉はじっと待った。
 たっぷり数分ほど沈黙した後、ザンザスが漸く視線を戻して綱吉を見据える。その唇が解かれた。
「誕生日ってえのは、どうやって祝うんだ」
「え、そこからなんだ!?」
 まさか誕生日の祝い方すら知らないとは思わなかった。綱吉が素っ頓狂な声を上げると、案の定ザンザスは不機嫌そうな顔になった。
「フルコース用意して、高い酒を開けるのは知っている」
「じゃあ、後はプレゼントを用意したら良いんだよ」
 フルコースと高い酒を用意するのはきっとルッスーリアだろうと綱吉は思った。ヴァリアーのアジトで持て成される時は、いつも彼がお茶とお茶菓子を用意してくれていたからだ。尤も彼らに好く思われていないのは承知の上だったから、考慮していつも手は付けていなかったのだが。
「何をやれば良いんだ」
 ザンザスが唇を曲げながら呟く。綱吉が薄く笑った。
「それは自分で考えないと。もしくは僕よりもっとスクアーロに近しい人に聞くとかさ。何が良いだろうって試行錯誤するのも、誕生日の醍醐味だよ」


 綱吉の部屋を辞して、ザンザスが歩き出す。けれどその足はすぐに止まってしまって、彼は複雑そうに眉根を寄せる。
 誰かの誕生日を祝うだなんて、今まで考えた事もなかった。ヴァリアー内ではルッスーリアがそれぞれの誕生日ごとに豪勢な料理を作っていたのは知っているが、自分から祝ってみようだなんて思いもしなかった。
 ザンザスは元々、自分の誕生日を祝われるのが嫌いだった。
 生まれを笑われているようで苛々して、だから誕生日を祝うという概念自体が抜け落ちていたのだ。
「……スクアーロの誕生日、」
 口の中で転がした響きは知らない味がした。
 スクアーロの誕生日。事前に意識したのは今年が初めてだった。
 ──祝ってやるべきなのだろうか。