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005

黒子/青黄/書きっぱなし放置かましてたもの。の出だし。黄瀬が心因性視覚障害に陥る後ろめたい同棲青黄の話。

「幸い、命に至る怪我はなし。左足を骨折しているそうですが、きちんと治るものだと」
 憂鬱そうに現れた青峰に向けて、黒子は訥々そう聞かせた。磨かれたリノリウムの床にふたり分の姿が写り込んで、不気味に揺れている。嫌なくらい清潔な、消毒薬の匂いは息が詰まりそうだった。
「記憶の混濁もなく、意識ははっきりしている。ちゃんと自分が今ここに居る理由も理解しています」
「……もういい、テツ。簡潔に頼むわ」
 回りくどい黒子の口調に、舌打ちをして青峰は頭を掻いた。
「いいえ、駄目です」
 黒子は薄く微笑んだ。
 夕暮れの病棟はひっそりしている。ナースステーションから離れたこの一角では、本当に静かだ。
「ボク、怒っているんですよ」
「何で?誰に?」
 微笑んだままで紡がれる黒子の言葉に、青峰は投げ遣りに返した。
 凭れていた壁から身を起こし、眼前の病室の引き戸に手を添えながら黒子は青峰を振り仰ぐ。薄笑いはまだ消えない。
「青峰君にも黄瀬君にも、です。ボクを始めとする友人が沢山居る癖に、マンションから『誤って』落ちてしまうに至る位の問題を、二人の間で有耶無耶にしてしまおうとする大人の狡さに。ボクはとっても腹が立っています」
 そうして、黒子は引き戸を開く。病室のネームプレートは黄瀬涼太の表記だった。



 黄瀬は薄々勘づいていた。いや、勘づいていたと言えば少し語弊があるかもしれない。青峰は元々女好きだったし、黄瀬との間柄に明確に名前がついていた訳でも無かった。だから、「そう」されていてもちっともおかしくはない。
 ただ二人は、高校の時から遊びの延長でセックスをする関係で、高校を卒業してもその縁がずるずる続いてしまって、週のうち四日をどちらか片方の家で過ごすようになったから、大学に進んで二年目の春に同居を始めた、それだけの事だ。
 それから一年、漸くこの日が来てしまったか、なんてどうにも達観してしまって黄瀬は頭を掻く。どうしても取りに帰らないと不味いレポートを忘れてしまって、友人に代返を頼んでまで自宅に戻って来た、その玄関先だった。
 見慣れないローヒールのバレエシューズめいた可愛らしい靴は、罷り間違っても黄瀬のものでも青峰のものでもない。玄関を開けた音で気付いたのだろう、廊下のすぐ先のリビングへ続く扉の向こうはしんと静まり返っている。気にせず黄瀬は靴を脱ぎ捨てて、室内に上がる。レポートに用事があって戻って来た時点で、黄瀬に見なかった事にして引き返すという選択肢はない。何らかの意地も在ったかもしれないが。
 容赦なく曇硝子の嵌ったドアを開けると、予想通りソファの上で絡み合う男女が見えて、黄瀬はちいさく溜息を吐いた。男二人でも座れる様にとふたりで出向いて選んだ、大きめのソファだった。
「あ、すぐ出てくんで、お構い無く」
 ソファに組み敷かれている小柄な女性は、顔を真っ青にしたり真っ赤にしたりと忙しなく絶句している。青峰は無言で無表情だった。それで良いやと黄瀬は思う。変な言い訳をされるより、余程マシだ。第一、言い訳をするべき間柄でもないのだけれど。
 お構い無くと言い残し、黄瀬は真っ直ぐ部屋を横切ってから背の低いテーブルへと向かった。放り出されたままだったレポートを拾い上げ、枚数がある事を確認してから鞄に突っ込む。
「青峰っち」
 そうして、リビングを出る前に声を掛けた。
「……何」
 不機嫌そうな声で返答が来る。ああ、そういう状況でも返事はしてくれるんだ、と黄瀬は笑った。
「帰って来たらいろいろ話そ。彼女出来たんなら、……ルームシェアとか厄介なだけっしょ。安いトコ探そうよ、お互いさ」
 黄瀬の静かな言葉に、青峰は深い溜息を落とす。がしがし頭を掻く仕草が視界の端に見えて、黄瀬はそっとリビングのドアに手を掛けた。そうして細く開け、音なくするりと出る。
「──おー、」
 肯定の響きで返された音が、リビングの扉を閉める寸前、黄瀬の耳を苛んだ。

 部屋を出て、黄瀬はのろのろ腕時計を確認する。ぱっと見て時間が解り易いからと選んだアナログ盤の時計なのだが、今日は何故だかやけに見辛い。霞んで暗くなってぼやけて、辛うじて読める程度だ。昨日レポートを仕上げる為に根を詰めすぎた所為に違いない。
「──……、……」
 少し早歩きで頑張れば、次のコマには間に合う様に戻れる。早く戻らなければ。早く家を離れなければ。早く、早く。学校に戻らないといけないという、それだけではない使命感に突き動かされて黄瀬は足を踏み出すが、その歩みは遅々としてどうしようもない。
 眠くない筈なのに、どうしても視界が霞んで駄目だった。瞼を閉じている様に眼前が暗くて、辛うじて辺りの光が眩しい事が解るレベルだ。焦って黄瀬が目を擦る。明るくならない。醒めない。
 ──まるで、夢の只中に居る様で。
「あっ、な、なん、で……?」
 目が見えない。自分が立っている場所がどこなのかも解らない。つい数分前までは普通に見えていた筈なのに、黄瀬の両眼は最早何も映さない。
 狼狽する黄瀬が、パニックに陥りながらふらふらと彷徨う。光だけは感じる事が出来た。暗闇の外にある光に惹かれる様にして、覚束無い足取りで数歩を辿る。
「ッ、あれ、」
 何かにぶつかったと黄瀬が理解するより早く、その「何か」を乗り越えて黄瀬の長身が傾いだ。
 酷く重たいものが落ちる音と、そこから少し遅れて悲鳴が上がる。救急車のサイレン音や野次馬のざわめきで辺りが騒然とするのは、そう時間も掛からない内だった。

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