──ピピピ、と軽快で耳障りな電子音が、朝の室内に鳴り響く。
 んん、とむずかるように膨れ上がったベッドの中から声が落ちて、白い腕がにょっきり伸びた。ベッドヘッドをその手が探り、鳴り続ける目覚まし時計をブランケットの中に引き摺り込む。
 そんで一瞬の間。
「ッうわあああああ!!!」
 悲鳴じみた叫び声と共に、ブランケットが跳ね上げられる。真っ青な顔をした政宗が、午前八時三十五分を示す目覚まし時計をシーツの上に放り投げた。鈍い音と共に、運悪く時計を額で受け止めてしまったベッドに眠るもう一人が、うぐぐ、とか何とか呻く。
「幸村テメェ昨日目覚ましを三十分早く設定しとけっつったろが!完璧遅刻じゃねえかどうすんだよ!あと替えのパンツどこだ!」
 政宗はやいやいがなり立てながら、脱ぎ散らかした昨日の服を拾い集める。全く同じ服で行くのは気が引けるが、幸村の貧相な箪笥内のラインナップからマシなデザインを探している暇だなんて当然、無い。せめて下着だけでも、と羞恥心無く下をフルオープンにしたままカットソーに腕を通していると、もぞもぞと背後のベッドで人の動く気配がした。
「……一番下の段に、まとめて入っておりまする……。政宗殿はお元気で、御座りますな……」
「元気な訳あるかぶん殴るぞテメェ。妙な体勢させやがった所為で、今日は腰どころか肩まで痛ェんだよ……!」
 文句を言いながらも、その手は切羽詰まって止まる気配はない。箪笥の一番下の段を乱暴に引き出し、まだ買ったままで入っていた新品のボクサーの袋を豪快に破く。両脚を突っ込んで履きながらジーンズの傍まで歩き、裏返しになっているそれに無理矢理足を突き入れた。履きながら直す。だって時間無い。
「朝一で講義でも?」
 やっと覚醒したのか、幸村が上半身を起き上がらせながら物凄いスピードで支度をする政宗を見、けれどまだぼんやりとした顔付きのままで問う。
「おう、竹中のコマがな。あいつの授業滑り込むの難しいから、絶対遅刻したくなかったってのによ……アンタの所為だぞ」
 緩んでいたベルトを嵌め直し、ぎろりと幸村を睨み付けてから、政宗は足音高く洗面所に飛び込んだ。じゃあじゃあばしゃばしゃ、長い付き合いの彼氏とは言え他人の家で思い切り水を使っている音がダイレクトに聞こえる。ワンルームのアパートの室内、朝の音はそれでも清々しい。
「今日の昼はどうされますか?」
 時間がないと言いながらもきっちり髪までセットした(でもやっぱり時間はそんなに掛かっていないイケメンテクニック)政宗に、幸村が声を掛けた。
 放り出したままの鞄を拾い上げ、靴下を身に付けながら、一時くらいにゃ出てこれっからさ、と政宗が言う。
「したら学食で待ち合わせでいんじゃねえ?時間アレだったらメールしろよ。そんじゃ、幸村」
 呼ばれた幸村が、はい、といらえて双眸を閉じる。政宗が掠めるばかりのキスをして、ベッドヘッドの隅に投げられていた二つの眼鏡のうち、一つを取り上げた。
「行ってきます」
「お気をつけて」
 短く会話を交わした後、政宗が靴をつっかけながらアパートのドアを潜った。流れ込む朝の光に少しだけ眩しく思って瞳を眇めてから、さて自分も支度をしなくては、と残された眼鏡を持ち上げる。
 掛けようとして、気付いた。幸村が瞬く。
「……おや、」
 幸村の眼鏡は赤味のあるブラウンのフレームだ。政宗のはブルーグレー。視力が悪い方ではないが、大学ではあった方が便利だからと、少しだけ形の違うものを一緒に作った。
 だから、──似ているのだ。よく見なければ解らない、という程ではないのだけれど。朝の忙しい時間なら、間違えてしまうのも仕方ないかもしれない。
「……、……元親殿たちに、からかわれていらっしゃらないと良いのだが」
 ふ、と甘く笑って、幸村は手元に残されたブルーグレーの眼鏡を掛ける。政宗が幸村の眼鏡を掛けて来たとなれば、昨日は一緒だったのかとか、お盛んだったのかとか、わいわい茶化されるに違いない。沸騰して吠え散らす愛しい人を想像して、ふふ、と幸村は笑った。
 ベッドから起き上がり、窓辺に立つ。オリーヴ色の遮光カーテンを両側に引くと、ちらちらと視界を擽る朝の光がそこに在る。
 恋人の眼鏡越しの朝は、なんだか少しだけ、煌めいて見えた。




(11/12/31)(10/23イベントにて配布の企画ペーパーより)