僅かに湿った水音がして、一つの影が二つに離れた。室内の空気が揺れ動いて、流された灯りの明るい炎がふわりと霞む。
「Um……まあ、巧くなったんじゃねェか」
「真に御座いますか?」
 ぺろりと唇の端を舐めながら見上げて来る政宗に、幸村は瞠目してから僅か照れたように視線を伏せた。
「この俺が教えてんだ。巧くなってもらわなきゃ困る」
 ハ、と吐息ごと笑って政宗は掴んでいた幸村の襟元を手放す。閉めた襖の向こうに淡く月影が浮かぶ政宗の寝室内、その主人の背中が敷かれた夜具の上に再び下ろされる。
 覆い被さるように彼を組み敷いていた幸村は、赤い筈なのにどこか生白い火影に照らされた武人の頬を緩やかに撫で下ろした。
 鎖骨まで指先で辿れば、く、と政宗の喉が仰け反る。いつも鎧を着込んでいる所為か、かの人の肌は白い。夜着の合わせから覗く曇りのない男の皮膚に、ごくりと幸村の喉が上下した。
「何だ。欲しいなら欲しいと言えばいい」
「某、破廉恥な事は──」
「考えてる癖に。粋がってんじゃねえよ阿呆」
 慌てたような幸村の返答に、政宗は面白く無さそうに鼻を鳴らした。言うが早いか、右膝でぐ、と相手の下腹部を甘く突き上げる。緩やかな動きと何処か柔らかな感触に、幸村はかあ、と顔を赤くさせて金魚のように口を開閉させた。
 政宗殿、とその唇が震えて動く。止めてくれと言わんばかりの幸村の顔と、相反して堅く反応を見せ始める彼の下腹部に、にやにやと下卑た笑みを浮かべながら政宗は目を細めた。
「確り反応してらァ。気持ち良いだろ、ここ」
「ッ、政宗殿……」
 ぐり、と更に膝で捏ね回す。すっかり硬くなってしまった幸村自身と、泣き出しそうな赤い顔。嗚呼楽しい、と政宗は満足げに喉奥で笑った。
 膝を動かさぬまま、するりと腕を伸ばして幸村の首にそれを絡める。ぐいと引き寄せて、奪うような口付けをする。齧る行為にも似たそれに、幸村は従順な犬のように応じて舌を差し出した。
 唇の合わせから水音が漏れ、淫猥な響きが夜の気配に微睡む部屋に落ちる。幸村も政宗も、肌蹴た夜着の襟元から覗く肌が薄紅色に色付いていた。身体はおろか、心の根っこまで上気してのぼせ上がる。舌を絡め、その音に欲情する。
「──政宗殿に非が在ると、某は考えまする」
 僅か離れた唇の隙間、上がる吐息の下で幸村が囁く。煽られた身体はもう限界のようだった。
 我慢が効きませぬ、と耳元に唇が寄せられ囁かれる。その呼気にまでぞくぞくと背筋を震わせ、うっとりと政宗は瞑目した。一瞬だけが支配する静寂ののち、濡れた吐息とともに政宗はいらえる。
「……嗚呼、来いよ」





「んぁ……ッ、っは、ァ……」
 幸村の唇が、舌が、政宗の胸元を執拗に攻め立てる。
 舌先が胸の赤く色付いた先端を突付く度、愛欲に濡れた声音が夜具に零れ落ちる。骨ばった指先が喘ぎの律動と共に夜具を掴むのを見ると、心底愛しいと幸村は思う。
 するりと下腹部へ伸ばした幸村の指先が、政宗の自身をやんわりと包む。反応を見せるそれを、撫で上げるように柔らかく扱いた。与えられる微量の刺激に、燻った快感が政宗の中で埋み火となって燃え上がる。
 真綿で嬲るようなその仕草に、政宗は腰を震わせて眼光鋭く幸村を睨めつけた。
「て、めェ……!触るなら触るで……ッ!」
「某は、政宗殿のその焦れた表情が愛しゅう御座います故に。お許し下さい」
 嬉しげに返され呟かれた幸村の言葉に、政宗の頬に朱が走る。それから怒鳴るに怒鳴れずに、Shit、とだけ小さく零してはあと息を吐く。
 最中でも無ければ、こんな恥ずかしい表情など誰に見せれるのだ。この男に対する牙と爪はすっかり抜け切ってしまったらしいと、そう滅入りながら政宗は唇を噛み締め夜具からそろりと手を離す。そのまま伸ばして、相手の肩に引っ掛かった夜着をぎゅうと掴んだ。
「最近調子に乗ってんじゃねぇのか、てめェ」
「いたたたたまさむねどのいたたた」
 言葉と共に片手を滑らせて、思い切り幸村の頬を抓ってやる。間抜けな悲鳴を上げる彼を、乱れた吐息と快感に赤らんだ顔で、ぎろ、と政宗は睨み付けた。
 ガキめ、と忌々しげに呟いて、もう一度首に腕を絡める。艶やかなその動きに、幸村の自身は又熱を含んだ。絡む腕はいつになく熱い。政宗殿は解っておられるのだろうか──その動き一つ一つが、某を煽っていると。眩む頭の片隅で、夜の質感に溺れてゆく。
 愛しげに、けれど焦れたように、幸村は政宗の脇腹を撫で下ろす。焦れた相手の顔が好きだと言ったその舌先が乾かぬ内に、焦らされているのは己なのだ。漏れた政宗の甘い吐息に、幸村の熱がまた燻る。
「今宵もまた、政宗殿は美しい……」
「──言うなって、何度言えば理解すンだよてめェは」
 情欲に飲み込まれてしまいそうな意識の下で、政宗は半ば喘ぎながらそう言った。顔を歪めて褒め言葉を忌む。重ねる身体を這う酷い痘痕を、気にするなと何度言われても政宗は気にする。気にするのに、幸村は飽きもせずに閨を共にする度に美しいだの何だのと、褒める言葉を織り交ぜるのだ。
 言葉尻に混ぜられる政宗の怒りと不機嫌に、幸村の顔が拗ねたように動く。ゆるゆると脇腹を撫でていた手を、つい、と彼の中心の上へと滑らせた。
「……ッ、」
 予想しなかった刺激に、政宗の喉がごくりと上下する。ひくついた彼の雄を、幸村はゆっくりと扱いた。
 蜜が溢れ出す先端を、親指で浅く割って愛撫する。とろりと零れた透明な蜜を塗り込むように指先を動かせば、立てられた政宗の膝がびくん、と跳ねた。反射的に閉じられようとする太股は、けれど幸村が身を割りこませているから叶わない。
「ふ……、ァ……ッ」
 思わず飛び出た自分の嬌声に、政宗はその上気した頬を更に赤らめる。声を漏らすまいと、辛うじて心に引っ掛かった武人としての誇りが頭を擡げ、堪らず幸村の肩口に歯を立てた。痺れとなって身体を走る小さな痛みに、幸村は僅かな満足感すら覚える。酩酊する感覚にそれは良く似ていた。
「政宗殿、」
 呼ばわる名は至上の響きを篭めて愛しく紡がれる。仰け反りさらけ出される首元に、伝う汗を舐め上げて耳許に、それから頬にと不器用な接吻を繰り返しながら、幸村は愛撫を続けていた手を離す。舌先を差し出し吸うことをねだった政宗に、幸村は従順に応じてその肉を吸い上げた。
 唇を吸われる感覚に蕩けながらも、不意に途切れた自身への愛撫に、政宗は物足りなさげに喉を鳴らす。大凡焦らそうとかそういう意味合いではなく、ただ単に手を離しただけなのだろうけれど──無自覚の癖に生意気だ。内股が、引き攣るように震える。
 けれどそんな余裕を保っていられたのもそこまでだった。最奥の窄まりに触れた、政宗の蜜で塗れた幸村の指先。それを感じて、は、と期待に満ちた吐息が漏れる。
 幸村の無骨な中指が、ゆっくりと堅く閉じられたそこを抉じ開けて侵入してくる。身体には未だ馴染まぬその刺激に、苦痛と僅かな快楽が入り混じって身体が震えた。女相手では味わえぬ快楽に、男相手でなければ得られぬそれに背徳を感じて、けれどそれすら身体を高みへと追いやるのだから始末に終えない。
 性急な指先が、ぐるりと政宗の内襞をなぞる。苦痛に悶えれば良いのか、それとも快感に打ち震えれば良いのか──それすら判断が付かなくなってしまった政宗の中に、中指に添えられて人差し指が増える。
「ちょ、ゆきむ、ら」
「──我慢が出来ませぬ、」
 浮付いた幸村の指先に、乱れる吐息を交えて政宗が切れ切れに呟いた。制止のようにも聞こえたその声に、幸村は切なげに眉根を寄せてそう呟いた。まともに視線を交わしてしまい、政宗は何も言えなくなる。情欲に濡れた瞳は、こと閨に於いては時に、言葉より説得力を持つものだ。政宗は呆れ混じりで吐息する。
「……程ほどにしないとブッ殺す」
 諦めてそう許しを与えると、ぱあ、と顔を輝かせて幸村は政宗の首筋に鼻先を摺り寄せた。ふわりと広がる相手の香りに、安堵に似た波が、政宗の中に緩やかに満ちる。犬みてえな反応しやがって、と政宗の唇が僅かに緩んだ。弛緩した腕を持ち上げて、くしゃくしゃとその明るい色の髪を掻き混ぜてやる。
 首筋に口付けを落とし顔を上げ、幸村は改めて政宗の唇を柔らかく塞いだ。おずおずと忍び込んできたその舌を誘うように搦め取って、政宗は貪るように溺れてゆく。
 猛った幸村の切っ先が、ゆっくりと慣らされた最奥の窄みに押し込まれる。指とは比べ物にならない圧力と熱が、意思を持って這入って来る。犯されるその行為に、政宗は乱れた声を乱雑に散らしながら幸村の背に爪を立て、引っ掻いた。
「ア、──ッ、ぅ……ん、ん……ッ、」
 離れた唇、噛み締めたその隙間から零れ落ちる喘ぎは重たい。交わり酔い痴れるその甘美な感覚に、時でさえも忘れるのはきっと容易なことだったのだろう。政宗のうちの埋み火は灰の中、灼々と燃え上がって熱を煽っていた。





「──Shit. 立ち上がれねェ」
 翌朝、布団の中で呻いた政宗により幸村が拳骨で殴られるのは、そこから更に半刻ほど後の事である。

(初稿05/09/10)(改稿10/10/25)