「After party is party too!」サンプル

 決着など、つく訳もない。今こそが雌雄を決する時と吼えて得物をぶつけ合った事など、幾度もある。だがその全てに於いて、雌雄を決した事など無かったのだから。蒼紅の色で煌く螺旋も既にお馴染みとなって久しい。
 ──吐息が重なる。
「────……、」
 そういう意味で雌雄を決した事など無かったのだが、別の意味でうっかり決してしまった事は幾度かある。雌雄っていうか、凹凸っていうか、指を輪っかにして一本突き入れてみる的な意味合いでのオスメスっていうか、つまる所そういう理由の。竜がその身を悦んで虎に食われている事は、知る者は知る頭痛の種だ。それを愛と説く風来坊もあった。
 ──高められて昂った身体の熱を、擦り寄せ合う。
「……は、もう硬くしやがって。そんなに俺が欲しかったか? 真田幸村、」
 独眼竜はせせら笑う。けれどその言葉にむっつりと唇を尖らせた幸村に、彼の腿で股座を擦られては堪らない。引き攣った声を上げて政宗が独眼をきつく閉じる。
「政宗殿も、十分──昂ぶっておられるように、お見受け致す。某ばかりではないと、そう思っても宜しゅう御座りますか」
 吐息が占める余裕のない声色で、幸村は低く囁いた。耳朶を甘く囚えるその声に、政宗が肯定するようにして、潤んだ舌先で幸村の唇の輪郭をなぞる。誘われる儘に幾度めとも知らず口を吸う。
「早く、」
 戯れるような声の色で、政宗が幸村を唆す。躊躇いすら見せず、抑え付けるようにして幸村が身体を密着させてくる。隙間なく埋められた二人の間に興奮して、政宗は再び熱のような吐息を生んだ。
 とんでもない場所で──具体的に言うならあの決戦の場で勢いの儘に縺れ込み、何も隠すものがないだだっ広い関ヶ原の荒野で事に及ぼうとしている主人達に、その従者達が物凄く頑張っているのは言うまでもない。佐助は忍術を駆使して二人を公衆の目から覆い隠そうと必死だったし、小十郎はそれでも溢れるギャラリーを追い払うのに鬼の形相だった。主人達を止める方向で頑張るととばっちりを喰らうので、そういう方向で頑張る事にしている二人である。
「外せよ、これ」
 自らの従者達の涙ぐましい尽力など知る由もなく、土の上に組み敷かれた政宗が言う。その指先は己の首元に嵌る防具──伊達軍兵士達から贈られた、稲妻模様の入った首輪に掛けられていた。
「承知」
 低くいらえた幸村が、その炎よりも炎に近しい指が、政宗の首輪の掛け具に触れる。ぐ、と政宗の四肢がほんの少しだけ突っ張った。どうしてかは自分でも良く解らない。ただ、本当にほんの少しだけ、身体が強張った。
 そのまま首輪を外そうとして幸村が力を入れると、首輪としか形容出来ない防具は外れる──筈なのだけれど、でも。
「……あ?」
 がち、と阻むような硬質な音に、政宗の眉間に皺が寄る。幸村が恐縮そうな表情を浮かべた。
「土埃でも噛んでしまったので御座ろうか。外れませぬ」
「──壊してでも良いから。外せ、」
 いらえる政宗の声は焦れて焦れて、溶けてしまいそうだった。一瞬の逡巡の後、部下達から贈られたそれを壊してでも良いから、とまで口走ってしまう程には、政宗は焦れていた。ずっと、ずっと我慢していたのだ。戦う内に我慢はとっくに限界を振り切って、漸くこうして口付けあったのだ。
 ──一騎打ちであろうが閨で同衾する際であろうが、真田幸村と向かい合う時には正々堂々としていたかった。何の衒いもなく、伊達政宗として挑みたかった。
 だから首という一番の急所であり、虎が全力を以てして噛み付かんとしているその部位を覆う首輪を、幸村の前では外したかったのだ。等と素直に白状するのは死ぬほど恥ずかしいので言わないけれど。
「……では、」
 何度唾を飲んでも乾く喉を期待に鳴らしながら、幸村の馬鹿力がその五指の先に集中する。喩え強く打たれた玉鋼であろうとも、暴力にも近しい力の前には赤子の手の如く捻り千切られてしまうだろう。
 ──がちん。
「…………」
 あれっ外れない。二人分の沈黙が、気不味く重なった。
 独眼が危うい光を灯し、自らを組み敷く男をその下から睨め付ける。
「全力でやれよ、真田幸村ァ……!」
「ぜ、全力で御座る!」
 お互い下半身の余裕だなんてもう毛ほども残っていない。首輪を外さない儘で致しませぬかと幸村は問おうとしたが、何だか政宗が外す事に拘っているので頑張る事にした。
 もう一度指先をめり込ませる。それでも金具はびくともしない。幸村は何度もあらゆる角度から力を加えて首輪を外そうとするものの、がちん、がちんと虚しい空振り音が響くばかりだ。
「…………萎えた。止めだ止め」
 一生懸命になる幸村は可愛いので好きだったが、その一生懸命になる対象が自らの首輪を外す事とか凄く萎える。いい雰囲気で盛り上がったのに、コンドームが巧く着けられなくてモタモタしてる非童貞みたいな。非童貞がミソ。毛ほども残っていない筈だった理性や余裕や秩序が、足並みを揃えて政宗の内側に帰って来る。
 すっかり冷めた顔付きで幸村を跳ね除け、政宗は深い溜息と共に転がしていた兜を被り直した。
「なえっ、……ま、政宗殿!」
 政宗の身勝手な台詞に、幸村は酷く慌てた様子で彼を見つめる。
「Ah?」
「そ、某はちっとも萎えておらぬのですが……!」
 悲鳴じみた幸村の声に、政宗の視線が胡乱気にその股間へと落ちた。立派に布地を持ち上げテントを張っている幸村の雄に、ふうんと気の抜けた声を返して政宗は立ち上がる。
「どっかその辺で抜いてくりゃ良いじゃねえか。手ェ使えよ」
「ぬっ、そっ、ごっ、」
 抜くとかそんなご無体な、みたいな台詞だったのだろう。断片的に声を詰まらせる幸村など全然気にせずに、立ち上がった政宗はごきごきと身体を慣らす。普通の人間より数百倍頑丈な作りではあるが、硬い土の上で色々していれば、そりゃもう見事に凝り固まっていた。
 具足も衣服もそのままで立ち上がった政宗に、いち早く気付いた小十郎が駆け寄って来る。
「政宗様! ご正気を取り戻されたのですな」
 安堵した表情と微妙にミスマッチしている彼の台詞にも気にする様子はなく、政宗は相変わらずごきごきと首やら肩やらを回しながら、おう、といらえた。
「これが外れなくてよ、Tension下がったから止めた」
 これ、と首輪を指先で数度叩いて示す。面食らったように瞬く小十郎の傍らで、地面に突き刺さりっぱなしだった六爪を回収して鞘に収めた。視界の端っこの方では、勃ち上がってしまった所為で立ち上がれなくなっている幸村を何とかしようと、佐助が一生懸命鎮めの術を施している。
「その防具が外れない、と? そんなに頑丈に留めたのでしょうか、……真田は」
 小十郎の声色が、少しだけ渋味を帯びる。そう言えばこいつはあの時も最後まで反対していたなと、その声色で政宗は漸く思い出した。


* * *


「CoolなAccessoryだ」
 呟いて、陽光の煌きに翳されたその防具──どこからどう見ても首輪だった──は、艶のあるくろがねの縁に光を滑らせ、綺羅々々と政宗の手の中で主張する。
 眺め終わって満足した政宗は、それを手の中でくるくると持ち替えながら幸村へと視線を遣り、薄らと笑いながら囁いた。
「これ、アンタが着けろ。俺に」
「──政宗様!」
 何を言われたのか一瞬で理解出来なかった幸村の代わりに、小十郎が眉間に刻む皺を濃くして異を唱える。
「お戯れはご自重召されよ! 真田幸村は敵方の人間に御座います、その眼前に政宗様の首を曝し出すなど……!」
「ド派手なPartyにするンだ、その前哨戦はこのっくらい刺激が無いと物足りねえだろ?」
 きょとんと無垢な表情を浮かべたままの幸村に、笑いながら政宗は言葉と共に首輪を手渡した。思わず受け皿のように差し出した掌に加わる確かな重みに、漸く幸村の思考が血の巡りを得る。
「……これを、ですか。……、某で宜しいのでしたら、謹んでその役、お受け致しまする」
「Good boy,」
 考えるような間を挟みながらも、頷いた幸村を見て機嫌良く政宗が口笛を吹く。幸村が躊躇すればまだ小十郎にも反論の余地はあったのだろうけれど、当の本人が任されてしまっては口を挟む部分は見当たらない。渋い表情のままで控える小十郎を見遣って、言葉無く幸村の隣に立つ忍びも溜息を零した。
 政宗の指先が、白い衣服の首を下げる。顕になった喉仏が、笑うように上下した。
「この首はアンタとのPartyの為の大事な部分だ。石田の野郎にくれてやるわけにはいかないんでね」
 ──だからアンタの手でそれを、その首輪を嵌めろ。その先を、その台詞を彼の声で紡がれなくとも幸村には理解出来る。そのにやにやと持ち上げられた口角が、自信に満ち溢れた表情が、何よりも雄弁にそう語っていた。
 首輪の留め金を外して、政宗の後ろへと回る。篭手の儘で彼が後ろ髪を掻き上げると、陽の当たらぬ肌が白々と映えた。
「──このようなものを、某の手でお着けするのは不本意に御座ります」
 伊達軍と武田軍が居並ぶ妻女山の上、衆人環視の只中である。けれどそんな事は気にした風もなく、幸村は緩やかな手付きで首輪を着けながら、政宗の耳元にて囁いた。
「不本意、ってのは?」
 揶揄するように政宗が聞く。鉄が噛み合う鈍い音が一つ、その首筋の裏から滑り落ちる。
「某が頂くべき御首を護るのが、この手ではなく──こんな鉄塊なのですから、」
 ──囁きは、おぞましい。幸村の這うような声色を濡らすのが嫉妬であると、政宗は知っている。背筋を駆け上る秘色の興奮に、俄に吐息を乱して政宗は唇を舐める。心なしか、首輪が重くなったような気さえした。
「鉄塊、ね。Ha! ウチの可愛い奴らが精魂込めて打ち出したこれが、アンタにゃ邪魔な鉄塊か。楽しいなァ」
 黒髪を掻き上げていた政宗の手がするりと落ちる。間を置かず、幸村の方へと振り返った。視線が絡む様になって瞠目する幸村に、政宗は掠めるばかりのくちづけをしてやった。重ねて言うが衆人環視の中である。
 当然茹で蛸のように、或いはその身に纏う真新しい陣羽織のように真っ赤になった幸村は、慌てた様子で口を開いた。
「まさ、」
「──全部終わったら、この首輪を外す権利もアンタにやるよ。好きなだけ貪りな、Boy!」